西国三十番札所 竹生島 宝厳寺

滋賀県東浅井郡びわ町早崎竹生島1664
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宝厳寺は、神亀元年(724年)聖武天皇が天照皇大神から「江州湖中に小島あり。弁財天降臨の聖地なり。堂塔伽藍を建立して祭供すれば、 国家泰平五穀豊熱万民利益多からん云々」の御神託をうけ、勅旨を僧行基のもとに遣わし詔を下して、この島に堂塔を開基せしめられたものである。 行基菩薩は勅命を奉じて入島し、まず第一宝殿を建立して、みずから弁財天女を彫刻し、ご本尊として遷宮し、つづいて第二宝殿を造営し、 ご自作の等身大千手千眼観世音菩薩を安置奉拝されたのである。 爾来、しばしば天皇の行幸があり、また伝教大師、弘法大師、慈覚大師等も来島され、錬行、ご修法になったことも明らかに寺伝に残されている。 かくして法燈は連綿として千二百五十余年の今日にいたっているのである。 その後三回の火災、地震、また時代の変遷により、盛衰もあって堂塔の数は往昔のおもかげはない。 観音堂は慶長八年(1603)、豊臣秀頼が父太閤の遺命により、片桐旦元を普請奉行として、京都東山の阿弥陀ケ峯に営まれた豊国廟から移築寄進されたとするもので、 豪華けんらんといわれた桃山時代の代表的遺構である唐門は国宝である。 崖造りの渡り廊下は秀吉の日本丸と名付けられたご座船を移築されたもので、船廊下とよばれ、重要文化財として荘厳を極めている。 また現在の弁財天本堂は昭和十七年十月に落慶したもので、京都日野の法界寺阿弥陀堂、広島の厳島神社と同じ、平安後期、藤原時代の工風による、桧皮葺の優美華麗な大殿閣である。 本尊大弁財天は、厳島、江の島とならぶ、”日本三弁財天”のひとつであるが、本殿は本邦における弁財天降臨の根本道場とされている。 観音堂は、西国三十三ヵ所観音霊場の第三十番札所として、はるばる巡礼たちが、湖をわたり参拝するものが後をたたず、香煙がたちこめ、ご詠歌の声鐘がひびいている。 古くは平経正が琵琶を弾いて戦勝を祈願し、謡曲「竹生島」、狂言「竹生島詣」など数々の音曲に美しく神々しいこの島がたたえられ、 いまもなお神秘とロマンがいっぱいに秘められているのである。

竜神排所 かわらけ投げ

かわらけに願いを込め、エイ!と願いかないますように。     

夢京橋キャッスルロード

白壁と紅殻に黒格子、軒の傾斜をそろえ、歴史的景観を大切に甦った新しい城下町。お食事処、伝統の和菓子、お土産など、個性豊かなお店の数々が軒を連ねている。

彦根城 天守(国宝)

いくつもの屋根様式を巧みに組み合わせた美しい曲線の調和をみせ、どっしりとした牛ほう積と呼ばれる石垣の上に三層三階の天守がそびえている。 京極高次が築いた大津城から移築されたといわれ、慶長十二年(1607)頃に完成した。 2007年は築城400年祭実施中

玄宮園

城の北東にある大名庭園で、中国の八景にちなんで選ばれた近江八景にちなんで選ばれた近江八景を模してつくられた縮景園。

鳳翔台(茶室)

玄宮園の築山に建つ趣のある建物。この鳳翔台から眺める玄宮園はすばらしく、庭園を鑑賞しながらの薄茶の味わいは格別である。(9:00から16:00)