西国五番札所 紫雲山 葛井寺

近鉄南大阪線藤井寺駅にも近く、街のなかにあるせいか気軽にお参りするお寺という雰囲気です。
駐車場は近くになく、市役所の通りになる。
徒歩約10分

大阪府藤井寺市藤井寺1丁目16-21
地図参照ください

紫雲山 葛井寺

河内飛鳥時代に百済からの渡来者によって繁栄したこの付近も王仁一族の辰孫王が葛井連と改姓し氏寺として創建した。 葛井宿弥ー葛井給子ー葛井道依ー藤継子(平城天皇妃)ー阿保親王ー在原業平と次々に葛井氏系により伽藍の建設がなされた。 勧進帳によると当時は約2km平方の境内に東西両塔がそなわり七堂伽藍を有していた。 神亀二年725聖武天皇が春日仏師父子に命じて千手観世音菩薩を造像させた。その入仏開眼法要には藤原朝臣房前を勅旨として僧行基菩薩を導師として勤められ紫雲山金剛琳寺と勅号を下された。 南北朝時代には後醍湖・後村上天皇も帰依され楠正行公が正平二年1347自軍七百余兵を率いて当寺に屯し細川顕氏七千の兵を破った「藤井寺合戦」この時大般若経六百巻を書写して守刀一振、 非理法権天の菊水旗を奉納し戦勝祈願を行っている。永正七年(1510)八月八日大地震により伽藍諸堂倒壊する。同年十一月諸国に大勧進し修復に興す。 本尊は脱活乾漆造の千手観音菩薩坐像で、芸術的にも優れ、天平時代の代表的な仏像として国宝に指定されています。葛井寺の案内より

紫雲石 燈篭

鎌倉時代作 紫雲山という山号の由来になった燈篭