西国二十番札所 西山 善峯寺

平安中期の長元2年(1029)、源算上人によって開かれた。源算上人は因幡(鳥取県)に生まれ、47歳の時、 当山に入られ小堂を結び、十一面千手観世音菩薩像を刻み本尊となし、仏法を興隆された。長年7年には、後一条天皇より鎮護国家の勅願所と定められ、 善峯寺の寺号を賜った。長久3年(1042),後朱雀天皇の時に、洛東鷲尾寺の仁弘法師作・十一面千手観世音菩薩像を当山に遷して本尊とし、 先の観音像を脇立とされた。そして白河天皇によって諸堂が建立された。

京都市西京区大原野小塩町1372
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山門

元禄5年(1692)桂昌院により再建。桜上の本尊・文殊菩薩と両脇・金剛力士は運慶の作で、源頼朝公が寄進されたと伝わる。

観音堂

元禄5年(1692)再建。本尊・十一面千手観世音菩薩は仁弘法師の作。脇立・十一面千手観世音菩薩は源算上人の作。

遊龍の松門

天然記念物。樹齢600年の五葉松。安政4年(1857)、花山前右大臣家厚公がその名を”遊龍”と仰せられた。 標石は明治26年、鳥尾中将の書。元は54mあったが、平成6年松くい虫のため15mあまり切り現在に至る。『日本一の松』

薬師堂

元禄14年建立。桂昌院の両親が祈願なさったお薬師さま。『出世薬師仏』

幸福地蔵

桂昌院が幸せを願い祈願された、約300年前のお地蔵さま。自分以外の人の幸せをお願いしましょう。

多宝塔

重要文化財。元和7年(1621)賢弘法師により再建。

釈迦堂

明治18年(1885)建立。本尊・石仏釈迦如来は源算上人の作。明治初年まで釈迦岳(海抜630m)に安置されていたが、信者の崇拝厚く、明治13年に下山を乞うた。

阿弥陀堂

寛文13年(1673)建立。本尊は宝冠阿弥陀如来。常行三昧道場として常行堂ともいう。